2023年09月13日

4年目の夏

お久しぶりです。短距離ブロック4年藤原です。前々から完成していた文章がありましたが、タイミング違うかなぁと思ったので却下しました。これはまたいつかの機会のために取っておきます。あ、今回長そうです。


毎年7月下旬から8月中旬、関東以上全国未満の実力の学生にとって辛い時期ではないでしょうか。今年は8/13ですかね。全日本インカレ参加標準記録の期日です。2,3年生の頃の藤原はとにかく切羽詰まってました。今思うと、なんでこんなにも出たかったのかと不思議になります。血眼になった時点で、心の余裕がなくなった時点で負けは確定してました。軽く考察すると、3年までは自分の実力を過大評価して、どこか願望に近かったのが原因です。


7/22のトワイライトゲームズで標準を切る事ができ、大学入学後初めて落ち着いた気持ちで夏休みを迎えました。今年は全カレ標準くらいなら切れるだろうと思っていたため、7月に入っても心に余裕はありました。少し背伸びしたレベルに行くためには願望ではなく確信でないとダメらしいです。さて、僕は全日本インカレ出場者の中で強者寄りでしょうか、弱者寄りでしょうか。正解は紛れもなく弱者です。せっかく清々しい気持ちで夏休み入れたのに、この事実を悟ると一気に憂鬱になりました。9/14に近づくにつれてドンドン嫌になります。あー逃げたい。やはり僕はこの世界に適していないようです。


このご時世104台なんて大した記録でもないです。全カレのスタートリストを見ると組で下から3番目なので、僕の感覚はこの世界では常識のようですね。本当に狂った世界です。ボリューム層は3台、殻を2,3個破らないと最弱である予選落ちの烙印を押される。蹴落とされるにしても爪痕くらいは残したいと思っています。これはほぼ願望ですね。殻を破れるかは明日分かります。僕なんて所詮井戸を飛び出た蛙さんだし、インカレは勝って当然みたいなプレッシャーもないので、いつも通り"負けても死ぬわけじゃない"精神で頑張ります。(僕はこう思うと結構良いんですよね)


今の所ネガティブな事しか書いていませんが、過去の事として考えるとここまでの道のりは楽しかったです。分析し、改善案を考え、行動するの繰り返し。ここまで折れずに来れたのは僕だけの力ではなく、STFの皆や両親、監督、OBOGの方々、ライバルなど沢山の支えのおかげです。この場を借りて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


もし、今もしくは未来のSTFで(インターハイに出てないけど)全日本インカレが目標と思っている子がいたらこれだけは伝えておきます。

中途半端に目指すんだったら目指さない方が幸せです。

それでも出たいと言う意思の固い(頑固な)子へ

実際の練習時間よりも普段の考える時間を多くしてください。絶対に最後まで貫いてください。応援してます。


長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。当日はひっそりとでいいので、応援よろしくお願いします。


藤原巧成

posted by stf at 09:55| Comment(0) | 短距離 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月13日

どこからどこまでが有終の美?

短距離ブロック4年藤原です。僕にとって最後の関東インカレが終わり、色々な感情が込み上げています。頭の整理がてら、どうせならブログでも更新します。まぁ読む時は僕の頭の中だと思っててきとーに読んでください。笑


【関東インカレ前】

「調子どうですか?」という問いかけに対して「今すぐに逃げ出したい」としか返せませんでした。努力が結果に直結するわけでもない、結果が全ての世界が怖くて仕方なかったです。ましてや最終学年、1年から出させてもらってるのに何も残せていない。ここまで自分を追い詰めざるをえなかった事を後悔しました。自分の力を試してみたくて、でも勝負するのが怖くて自信のない僕からすると、勝負の場に居続ける人は本当に尊敬します。


1日目】

100m予選 あわよくば1着で抜けてやろうと考えていましたが、伏兵はいるだろうと色々なパターンを想定していました。案の定、左隣の申請記録が近い子は上手く追い風を利用して、追い風で僕が崩れた瞬間に右隣に抜き去られ3着。最終組だったので大体のボーダーは分かっていたのでこの記録ならいけるだろうと思ってトラックを後にしました。


2日目】

100m準決勝 記録で進出したため、1番端の9レーンでした。自分の走りをすれば決勝に行けると確信していたため、端なら集中しやすいと内心ガッツポーズをしていました。準決勝が1番思った通りの展開だったかなと思います。セカンドベストタイで2着と、順調に決勝進出を決めて改めてガッツポーズ。決勝で会おうと話していた友人も決勝進出を決め、2人で喜んでいました。関東インカレの決勝で、地元神奈川の友達と隣のレーンで走る。こんなアツい展開そうそうないでしょう。


100m決勝 決勝は着取りで進出したため、シードレーンを与えられました。右には優勝候補筆頭、左にはライバル。やる事は変わらないと言い聞かせながらスタートラインに着きました。選手紹介の時、上杉とゆみが「巧成ーー!」って叫んでくれて、あー頑張らんとなって身が引き締まりました。レース内容は自分の弱点を浮き彫りにしてくれるもので、102,3台のスピードに耐えられない身体の脆さが垣間見えました。


前半戦を終えて、悔しい半分嬉しい半分でした。今までの自分では考えられないような舞台で勝負をしている事に気づきました。中学はそこまで熱心にやっていたわけではなく、高校から大学まで陸上にのめり込みましたが、いくら練習しても結果は出せない日々。勝てない、勝負の土俵に立つことすら許されない陸上競技を楽しむ事はできず、こんなクソゲーやってられん辞めたいと嘘か本当かわからないような事を常々言っていました。しかし、今ならハッキリと言えます。


陸上競技を続けてよかった


この決勝は間違いなく藤原史に残るレースでした。


3日目】

200m予選 朝起きた瞬間に昨日の反動を感じました、不安になるくらい。そりゃベストくらいのタイムで走った後に103台で走ったらそうなるかと思いつつ、大丈夫大丈夫と言い聞かせながらアップをしました。レース内容も気持ちの作り方も全部ダメ。4日間戦い切るほどのメンタルも実力もありませんでした。わざわざ来てくれた皆に情けない姿を見せて申し訳ない… まだ動画を見て反省する気にはなれないので、もう少しだけ現実逃避してから再出発します。


【まとめ】

繰り返しになりますが、100m決勝の10秒間は僕なんかには勿体なすぎる瞬間でした。ここまで来れたのも、いつも支えてくれる皆のおかげです。良い友人、ライバルや応援してくれる人など、とても環境に恵まれたなと実感しました。

応援ありがとうございました!!!


p.s. ダイス明日頑張れ🔥


藤原巧成

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2023年04月03日

卒業ブログE 「様々な出会い」

卒業生ブログということで、大学での陸上生活を振り返っていこうと思います。かなり長くなった気がするので、最後に書いた言いたいことを、最初でも書いときます。
『今まで、陸上競技を通して出会ったすべての人へ、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。』
(入学)
高校3年生の時、なかなかベストが出せず、陸上に対して辛い思いを抱いていたため、大学では新たに他のことを始める選択肢も模索していました。しかし、陸上を続ける可能性も捨てきったわけではなかったので、フレマンのブースや体験練習などに行きました。体験練習では、初対面の筈なのに、マリさんに悪口言われたり、野口さんやはるちかさんとジョグをしている時に、当時探検部とかも良いなと思ってる自分に、「俺たちみんなで富士山登ったし、同じようなもんだよ」みたいなことを言ってもらったり、凄い優しく接してくれて、やっぱり陸上をやってる人達とは水が合うんだなぁと思い、入部を決意しました。(富士登山は、実現しませんでしたが…。)
(初関カレ)
そこから、1ヶ月経つか経たないかのうちに、いきなり、関東インカレのマイルで走ってくれないかと言われ、流れで出ることに…。メンバー候補だった大木さんが、体調不良で帰宅したりもあったけれど、自分の大学デビュー戦は、青木さん、植田さん下津さんとのマイルでした。高校時代にマネージャーの居なかった部活だったこともあり、アップから選手の事を1番に考えて果歩さんに驚きカルチャーショックを受けたのを覚えています。この関東インカレを通して、この陸上競技部でこれかは4年間やっていくのだと自覚とともに、高校時代はリレーでしか出場出来なかった関東大会に個人で出たいという目標が出来ました。
(合宿)
大学の部活は、各高校で陸上をやってきた人が多く在籍似ており、各々がそれぞれの文化や考え方を持っている環境だと思います。1年の時の合宿で、ゆさこさんに監督が開く勉強会みたいなのに誘われ、色々な話を聞き、次の日の練習で青木さんに昨日の話を噛み砕いて説明してもらい、自分の走りを見直すきっかけになりました。
(ベスト)
そこからすぐに、結果として現れました。10/6に行われた横浜市選手権で、立教大学の飯嶋さんにいい引っ張りをしてもらい、ベストを更新するとこが出来ました(これが一生のベストとなる訳ですが)。遠い所から、わざわざ横浜まで来てくれた植田さんやみささんとベストの喜びを共有することが出来ました。そこで一緒に走った飯嶋さんとも、大木さんの誘いで参加した立教大学の練習で一緒に練習することが出来ました。
(年越し)
他にも、年末には今は幻となった年越し坂ダッシュで、卒業した先輩方で、学年が被っていない村上さんや松尾さんや金野さんなどとも出会うことが出来ました。松尾さん一緒に練習していた北島さんと夜の暗い和田堀で出会ったのも、今考えれば、いきなり声をかけてかなりヤバいやつだった気がします。
(2年生)
シーズンも終わり、恒例の冬練。そんななか、冬練とともに未知の足音が近づいてきて、世界は一変しました。コロナ2019の到来です。
酷い時は、競技場がどこも空いていない状況が続き、タータン以外で走るのがあまり得意ではない自分にとってはとても辛い状況で、元来の怠惰な生活も相まって、1年で来ていたいい流れが途切れることになってしまいます。そんな中でも、高校時代の部活の先輩である橋本先輩と先輩の家で筋トレをしたり、近くの河川敷で走ったり、互いの家の近くの競技場に交互位で行ったり、周りから付き合ってるのかとからかわれる位一緒にいました。
(他校)
そんな橋本先輩が所属していた東京理科大学の練習には1年生の頃からお邪魔させて貰っていて、そこで橋本先輩以外の理科大生との関係も築いていきました。その結果、同じ神奈川県出身のよしみで県選を一緒にまわった飯田さんや、自分が身近な目標とするにはちょうどいいタイムを持ってる石井や自分では到底届かないこの関わりがなかったら全く出会わなかったであろう友田なんかとも、一緒に沢山練習出来て、自分の競技生活の大きな財産となることになりました。元々、上智と仲の良かった成蹊との合同練習に理科大を誘って規模を大きくしたりなど、関わりの連鎖を大きくしたりもしました。(この3校の合同練習続いてくれるといいな。チョロっと聞いた話、理科大はしたがってるぽかったよ。)
(同期)
そして、3年生になり幹部代になります。自分の競技を犠牲にしてまで様々な仕事をしてくれたさちこ。色々なことを相談してくれて、円滑な部の運営を行ってくれたひなこ。率先して色々な記録会を探してくれて、時に無理を聞いてくれたゆい。唯一の男子の同期で、一緒に社会科見学までした武藤。そして、なんでも美味しそうにたくさん食べるお嬢。そんな、同期に出会えてこの同期でほんとによかったと思います。
(後輩)
少しずつ、大会や記録会が再開されていくなかで、高校時代よりかは確実にいいが、1年生の頃の感じとはほぼ遠いタイムしか出せず、関東インカレの標準記録も切れない状況。高校時代の後輩で一緒に川崎の大会に出て、ギリギリで勝って、ギリギリで標準を切れなかった藤原。日体の記録会で「どうせ切れないなら、後半チャレンジしないとじゃないですか」と言われ、こんな近くにこんなアスリート思考なやつがいたとは、と驚いたよ。
関東インカレの標準を切る最後のチャンスの記録会で、200地点で叫んで応援してくれた前津や最終コーナーで応援してくれてた短女の皆様方、自分事だけど一緒に喜べて良かったなぁ。
今、結構たくさん書いていきましたが、これには収まらないくらいたくさんの人達と陸上生活を通して出会い物語があります。
(これからも)
引退してからも、青木さんと一緒にバンジージャンプを飛んだり、理科大の人達とスノボに行ったり、就職で関西の方に居るのですが村上さんから連絡が来てご飯に行くことになったりと、その物語はこれからも綴られていくものであります。
今まで、出会った全ての人達に感謝をすると共に、これからも前に進んで行くのだなと。
(まとめ)
今回の卒業ブログがどういう趣旨で書くのか分からないけど、ここに辿り着いた今年から上智大学に入った新入生へ。
上智大学の陸上競技部では、たくさんの出会いがあり、かけがえのないもの経験がその大小濃淡様々あるが、必ず出来ます。
必ずです。もし、少しでも陸上競技に興味がある人は、1歩の勇気を持って、フレマンで陸上競技部の門をノックしてみてください。

今まで、陸上競技を通して出会ったすべての人へ、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。

柳田亮介
posted by stf at 12:26| Comment(0) | 2023 卒業ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月28日

卒業ブログD「出会いに感謝」

こんにちは!短距離4年の竪です。

気付けばあっという間に卒業ブログを書く立場になっていてびっくりです。最後のブログでは、この4年間を少し振り返っていきたいと思います。

私は去年の10月末に引退しましたが、それ以来このブログを書くまで、自分の競技について振り返ることはしていませんでした。あえて考えることを避けていました。それは多分、満足いく結果を出せずに終わってしまった悔しさを感じるのが怖かったからかなぁと。

1、2年生の頃が一番純粋に陸上を楽しめていました。大学受験のブランクを乗り越え、ようやく本調子に戻せてきた1年の秋に、初めてのマイルを走ったり、個人でU B・P Bを出せて嬉しかったり。2年はひたすらコロナに振り回された年でしたが、自粛中もコツコツ練習を積んでいたおかげで、集合練が再開した頃には走りの調子が良く、とにかく走るのが楽しかった記憶しかありません。

3年から少しずつ歯車が狂い始めました。幹部のストレスもあったと思います。自分の代は人数が少ない上に全員選手。それぞれ何かしらの役職と選手を両立せざるを得ず、それでも一部は後輩にも頼りつつ、やっとのことで幹部を成り立たせていました。そこから更に同期がいなくなり、気付かないうちに自分が外務以上の責任を背負っていました。自分がしっかりしなければという危機感があり、幹部の年は一瞬の気の緩みも許されませんでした。自分なりに工夫して楽しくやっていたつもりでしたが、どことなく肩の荷は重く、それが体調に現れてしまっていたのだと思います。急に気持ち悪くなることや腹痛に襲われることがとにかく多かったです。全くパターンがなくて、常に不安でした。それは幹部が終わった4年の頃には落ち着きましたが、次に悩まされたのは毎月の高熱。毎回数日間ですぐ回復していましたが、その度に身体は弱り、大事な大会当日に熱を出した時は絶望的でした。体調不良に加えて、食事管理もずっと苦戦していました。こういう不調は当然走りにも影響があって、練習を積んで速くなりたい気持ちとは裏腹に、身体が弱く鈍くなっていく一方でした。

それでも、4年の秋シーズンまで陸上を続けてきたのは、どんなに辛くてもしんどくても、陸上を嫌いになることは不思議と一度もなかったからだと思います。最後まで好きでした。好きでいられたのも周りの方のおかげです。

陸上の奥深さを教えてもらい、たくさんご飯に連れて行って下さった大好きな先輩方。幹部も競技も6人全員で乗り越えられて嬉しかった19同期。多分一番陸上の話をして同期のように接してくれた20短距離。妹たちのように可愛くて仕方がない短女。幹部でも日々の練習でもお世話になりっぱなしだったマネさん。最後まで走り抜けることができたのは、みなさんのおかげです。だからタイトルは初ブログと同じ、『出会いに感謝』。陸上と向き合ってきた10年間、常に出会いに恵まれてきたのだと改めて感じさせられました。

陸上をここまで続けてきたことは一生の宝です!
本当にありがとうございました。
posted by stf at 18:03| Comment(0) | 2023 卒業ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月22日

卒業ブログC「大学生活の部活動を振り返って」

お疲れ様です。
長距離四年の小池です。もう自分が卒業ブログを書く時期になってしまいました。さっきまで一年生だったはずなのに早いですね。

今回は簡単に大学での部活動を振り返ろうと思います。まず競技面ではこれといった結果も残さず、不甲斐ない形で終えることとなってしまいました。長い間陸上を続けて、このような終わり方になってしまったことに思うところがあるので、後輩の皆さんには後悔のないよう部活に励んで欲しいです。また、内務ではコロナ禍で初めてのことだらけの中、自分の実習も重なり、精神的に大変なことが多くありました。しかし、たくさんの方々の支えのおかげでなんとか無事に終えることができました。ありがとうございました。

卒業後も皆さんのことを応援しています。本当にありがとうございました。

長距離ブロック四年
小池日南子
posted by stf at 21:08| Comment(0) | 2023 卒業ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月20日

卒業ブログA「STF大好きで〜す!」

お久しぶりです。長距離ブロック4年の西村です。
とうとうこのブログを書く順番が回ってきてしまったかと、時間の過ぎる早さに驚いています。

最近はと言うと、ずっとエンジョイしてます^ - ^遊んで遊んでバイトして遊んでって感じですね!もう半年くらいずっと遊んでます。卒業前たくさん遊べるようにするためにも、取れる時に頑張って単位を取っておくべきです!頑張れみんな!!

さて何を書こうかと思いましたが、私が皆さんにアドバイスをあげられる立場ではないし、ありがとうの気持ちは直接伝えたいので、とりあえず好き勝手に書こうと思います。

私が陸上を始めたのは中学生のときです。幼稚園、小学校にいたときは、活発だけど本当に体が弱くて、よく病気にかかる子供でした。だから体力をつけるために運動部に入ろうと思ってはいましたが、残念なことに球技の才能はゼロでした。走るのに苦手意識はなかったので、唯一、道具を使わない陸上部に入りました。最初は短距離でやるつもりだったけど、中学の先生の判断で長距離ブロックに移動しました。これが長距離に力を入れ始めたきっかけです。その後は長い距離をひたすら走り続けました。中学高校の頃はまあまあタイムも伸びたし、部の中では速い方だったので、褒めてもらえるし、やり甲斐はありました。キツくても頑張れた。でも大学生になってあまりにもタイムでないし、なんなら自己最低記録を一生更新し続ける毎日で、陸上をやってる意味がわからなくなりました。こんなにしんどくてそのしんどさが報われず、一体何を楽しみで走ってるのか?ずっと疑問に思っていました。周りの先輩たちもひなこも本当に速いし、私がこの部活にいる意味とは?と誰にもこんなこと言えなかったけど毎日ひたすら自分の存在意義について悩みました。人生で1番しんどかったかも。でも長距離の先輩方と同期があまりにも良い人たちすぎてやめられなかったんです!!宮澤さんにはめちゃめちゃお世話になりました。キツかったのを越えられたのは宮澤さんがいてくださったからと言っても過言ではありません。練習の度に宮澤さんに頼ってこれで良いのかなと思ってはいましたが、いつも助けてくれてありがとうございました!宮澤さんには頭が上がりません。みささんも、辛かった時に1番声をかけてくださって、いつも辛い気持ちから救ってくださいました。この一文を入力しただけでも涙が出そうです。そのくらいみささんは私の心の拠り所でした。またご飯行きたいです!会いたいです!私と会ってください!!大好きです!名前をあげ出したらキリがありませんが、私が関わった先輩方は皆様と言う全ての皆様、本当にお世話になりました。あとひなこ!一緒にいるのが当たり前だと思ってたけど、実習でいなくなったとき大きな心の支えが消えたと思った。私にはあまりにも大きすぎる存在でした本当好き♡またお出かけしよ!!さちこもゆりかも大好き♡柳田くんも武藤くんもありがとう!入れ替わりがあまりにも激しくて落ち着かなかったけど、最後まで残ったみんなには感謝しかありません!ありがとう!

いやーそれにしても部活は高校で終わりだ〜!と思っていたのに気づいたら大学生になっても走っていました。何となくボール使わないからと入った部活がここまで続くとは正直思ってもいませんでした。よくやってきたなあとは思いますが、走るのが楽しいと思った瞬間は僅かです。まあさっきも書きましたが、ほぼほぼ、きついむりしんどいやめたい退部したいでも結果出るまでは何とか頑張るの繰り返しでした。その中でもやって来れたのは、仲間がいたからです。本当それに尽きます。私は今まで本当に出会う人たちに恵まれてきたと思います。会う人会う人みんな良い人で、私にも良い影響を与えてくれる人ばかりです。特にこのSTFの皆さんは素敵な人たちばかりだと思います。競技に熱心に打ち込み、自分の自由な時間までも競技のために使う姿を見て心の底から尊敬の気持ちで溢れています。しかも周りに配慮できて他の人を思いやれる人が多いと思いました。先輩も、放っておけば良いあまりにも実力のない弱すぎる後輩の私に温かい言葉をたくさんかけてくださいましたし、後輩の皆さんもたくさん声をかけてくれました。困ったら迷わず真っ先に手を差し伸べてくれる同期もいて、自分のことだけではなく、他の人にも気を配れる人がたくさん集まる環境の中で活動できたことが私にとって本当に良い経験であり、素敵な仲間に恵まれた素敵な時間でした。私はそんな皆さんが大好きです。STFという居場所も大好きです。この場所から離れるのは不安でもあり寂しいですが、これからはOGとして、陰ながら皆さんのことを見守ります。頑張りすぎず、自分の納得のいくまで競技と向き合ってください。ずっとずっと応援しています!
(後から読んだら同じようなこと2回書いてた)(でもどうせ誰も読まないから知らない^ ^)

4年間本当にお世話になりました。さよなら〜

西村唯
posted by stf at 13:33| Comment(0) | 2023 卒業ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身近で1番尊敬してる高校の先輩の話

お久しぶりです、短距離ブロック3(4)藤原です。春季オープンが終わり、大半の短距離がシーズンインしましたね。新歓や試合結果でSNSが埋まるんだろうと思うと、もうシーズン始まっちゃった?と時間の流れの早さに驚きを隠せないです。あ、先に言っとくと題名は蜩c先輩の事ではないですよ?笑(もちろん尊敬はしてますよ?笑)


さて、僕のシーズン初戦。400mだったら100m200mほどスピード感ないし怪我しないだろ〜冬たくさん走ったしセカンドベスト(49.7)くらいは出るだろ〜と安易な考えで迷わず400にエントリーしました。試合本番、200通過でなんかキツない?となり、300通過ではもうフラフラ、ここからは周りに抜かれまくる。結果は50.33の大爆死。え?思ってたのと違うんだけど、え?この3ヶ月やってきた事は間違ってないよね?大丈夫だよね?と冬季の自信を全て打ち砕かれました。いつもなら春でも関係なく前年のベストくらいは出てたし、一気に不安になりました。


ここで話はそれますが、高校の2個上の先輩の話をしたいと思います。ちょっと寡黙でクールな感じで、2個下の後輩からしたら少し近寄り難い雰囲気だけど足は速い先輩でした。陸上選手に例えると山縣みたいな?(蜩c先輩これ伝わりますか?てかこれ読んでる?一緒に四継を走ってたので仲良くなるのは早く、意外な一面なども短い期間ながら知る事ができました。その先輩も大学に進学しても陸上を続けていたので試合で会うこともありまた。高2の時に「シーズン初戦の結果はあんま悲観しなくていいよ」と言われましたが、当時の藤原は何を言ってんだい、僕は初戦とか関係なく記録出せるわぃって思いながら相槌を打ちました。今思うとこの先輩が3年で辿り着いた思考回路に6年かけて追いついたと思います。(中学は脳死で走ってたのでノーカン笑


高校時代、3年前、1年前、当時は本気でそれが正しいと思っていても、今となっては頭悪すぎると思いっきりバカにできます。思考回路を毎年アップデートし続けるのが必要なのかなぁと大学3年間を通して感じました。(これが1番伝えたい事です)


上手く行かなかった初戦。これも成長だと思って、ここからどうするかを考えながら過ごします。来年の自分にバカにされないように…(え来年陸上やってる?)


練習日誌でもよかったのですが、せっかくならと思いブログを更新しました。まぁ僕の気持ちの整理と大丈夫って言い聞かせるための文章でした。


短距離ブロック 藤原巧成

posted by stf at 12:40| Comment(0) | 短距離 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月17日

卒業ブログ @「卒業」

みなさんこんにちは☺️フィールドブロック4年の安部です。
毎年先輩方のブログを読みながら、また私自身も時間の流れのはやさを実感する機会が年々増えてきて…その度に「1日1日を大切に過ごそう!」と意気込んでいるはずですが、”卒業”という言葉にはやっぱりまだピンときていません。

幼稚園から10数年続けたバトントワリングを辞め、球技ができないからという理由だけで始めた陸上競技。(もはや運動全般苦手なんじゃないかとも思えるかけっこの構え😅)
チームスポーツとのギャップに戸惑ったり、土地勘もなければ慣れない電車生活から1人試合会場にたどり着けなかったり。合宿ではつい張り切りすぎて気づけば初日(?)から松葉杖を借りていたり…どの瞬間を切り取っても思い出話の絶えないあっという間の4年間でした。

400mからの転向後にフィールド競技の基本を1から教えてくれた先輩方、ストイックで頼りになる同期、友だちみたいな、でもそれでいてしっかりしてるなあといつも思わせてくれる後輩、、、私の特技はまわりの人に恵まれすぎること!と、これからも自信を持って自慢できるような素敵な出会いがたくさんありました。みなさんの残りの競技生活や学生生活がより良いものとなるように、そして、引退・卒業後もSTFで経験した楽しいこと、おもしろいこと、忘れられないこと、おいしいこと…そんな幸せばっかりを思い出してずっとうれしい気持ちでいられるような、充実した毎日が訪れることを祈っています✨

4年間ありがとうございました。これからも応援しています^^ 🌸
安部優里香
posted by stf at 17:42| Comment(0) | 2023 卒業ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月15日

去年中に書こうと思っていたブログ。

れなのブログ読み私も早くブログを書かねばと思い、そう思ってからどれほどの日数がたったことでしょう。私が同期のブログを止めている実感がすごいのでいい加減書きます、ごめんなさい。


とりあえず自己紹介してみます。外国語学部ポルトガル語学科の藤澤郁です。かおると読みます、一発で読まれたことはありません。来年度から3年生、なんと3年生!びっくり。100200とリレーを主に走っていて、STFには2年生から途中入部しました。


何を書こうか迷いすぎて書くのが遅くなった(言い訳)のですが、STFに入部した経緯と今の想いについて書いてみようかなと思います。


走ることは幼稚園の時から大好きで、運動会のリレーやらかけっこやらの記憶だけは幼少期ものもはっきり残っています。中学の部活は陸上部を選び、高校でも迷いなく陸上を続けました。


大学ではやりたいことが盛りだくさんで、中高が陸上でいっぱいだった分陸上は高校でおわり!と決めて毎日走っていた高校時代。辛い練習も高校で最後と思えばこそ気合で乗り切れていました。


陸上はこれで最後と決めていた高校生の私は、最後のレースでゴールした瞬間何を思い、どんな気持ちでタータンにお辞儀するんだろう、と何度も何度も想像してわくわくしてました。けれど、コロナ禍において高3の大会は開催されず、ラストだと思いもしなかった高2の秋の大会が、気づけば私にとってのラストレースになっていました。


語学を勉強し、留学もしたいし短期の海外派遣プログラムもボランティアもしたい!と意気込んで入学した大学ですが、いろいろと調べたり活動してみたりした結果、コロナ禍では思い描いていたような活動はできませんでした。


大学に入って陸上部の体験にも行かなかったのも、半分意地になっていたのと、行ってしまえば入りたくなるからだったと思います。


大好きな陸上が燃え尽きずに終わった感覚に加え、やりたいことができない状況に無気力になる毎日。オリンピックや世界陸上を見るたびに走りたくなって、大学2年生になる前の春休みにやっとSTFに連絡を取ることに。(体験行きはじめてからもうじうじきっかり1ヶ月迷った)

それで入りました、長くなりましたが入部の経緯はそんなところです。


56年間続けた陸上に2年間のブランクを挟むと変わるものが多く、わかってはいたけれど私なりの思い描くような走りはできていません。それでもやっぱり走るのは楽しいし、陸上部に入ってよかったなと思っています。


せっかくの大学生、やりたいことは全てやると言うモットーの元毎日過ごしています。世界の規制も少しずつ緩和されはじめ、実際に挑戦することができる環境にもなりつつあります。

やってみたいことがたくさんできて、それをさせてもらえる環境に感謝でいっぱいです。


望みや理想ばかりでパンクしそうですが、それでも、多少パンクしながらでも、やってみたいことには全て手を伸ばしたい毎日です。


長い文になりましたが読んでくださりありがとうございました!

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2023年02月03日

はじめまして

 はじめまして、ドイツ文学科1年生の石黒太一です。短距離ブロックに所属しています。初めてのブログなので自己紹介をしたいと思います。

 僕は生まれも育ちも千葉県印旛郡栄町です。関東圏に住んでいるとは思えないほどの田舎です。「印旛郡栄町出身です」と伝えているのに「なに市?」と聞かれてしまうことが多いです。町と言っているのだから町です。市ではないです。都会と田舎にはやはり大きな隔たりがあることを大学に入ってひしひしと感じます。僕の町には中学校が1つしかないですし、ファミレスも1つしかありません。中学生の時、合同練習をした学校の保護者から「ここから1番近いファミレスってどこ?」と聞かれた時に、僕たちは答えることができませんでした。ある1人の中学生が栄町に非常に強い危機感を持った瞬間でした。その後僕は八千代松陰高校に入学しました。1年生は選手として、2.3年生はマネージャーとして活動していました。長距離は5年連続で全国駅伝大会に出場する強豪ですが、ここでは田舎をいじられることになります。いじられすぎて引け目を感じているくらいです。そして上智大学には都会への憧れと少しの恐怖、高校で染みついた田舎出身という引け目を持って入学しました。日々東京に通っていますが、やはりまだ怖いです。新宿で乗り換える時や山手線で新宿や渋谷を通過する時、身構えてしまいます。東京に慣れる日は来るのでしょうか。暖かく見守ってください。

これで自己紹介を終わりにしたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

posted by stf at 09:12| Comment(0) | 短距離 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする