予選会まで残り2日となりました。
中距離ブロック4年の下津諒晏です。
自分を関カレに出場できるまで成長させていただいた中距離の先輩
そして東京に一人上京してから家族のように支えてくれた同期の
まだまだ出来損ないの自分でしたが、
マネージャーの皆さんもサポートして下さり、
最後に重盛へ。1年生の時の学芸大記録会からここまで速くなるな
長々と失礼しました。拙い文章ではございますが、
最後の中距離ブロック長 下津諒晏
予選会まで残り2日となりました。
中距離ブロック4年の下津諒晏です。
自分を関カレに出場できるまで成長させていただいた中距離の先輩
そして東京に一人上京してから家族のように支えてくれた同期の
まだまだ出来損ないの自分でしたが、
マネージャーの皆さんもサポートして下さり、
最後に重盛へ。1年生の時の学芸大記録会からここまで速くなるな
長々と失礼しました。拙い文章ではございますが、
最後の中距離ブロック長 下津諒晏
こんにちは。中距離ブロック4年の下津諒晏です。
かくいう僕は、3日目の土曜日9:25に800m予選を走ります
また、違うブロックではありますが、
他にも、色々書きたいことはありますが、
中距離ブロック4年 下津諒晏
ブログの出番ではないのですけど…
全体練習を最後に行ったのは4月末だったので、約1ヶ月、STFの部員に会っていないことになります。こんにちは。中距離ブロック所属、理工学部物質生命理工学科4年の植田達実です。
わたし自身は結局、前回のブログで書いた宣言を実現することができず、800mで0.87秒足りずに出場権を逃しました。応援してくださった方々、サポートしてくださった全ての方に大変お世話になりました。ありがとうございました。
私の話はさておき、関東インカレが今日から4日間の日程で始まります。STFからは直近では最多人数であろう17名(リレー補欠含)がエントリーしています。
間違いなく今年の関東インカレにSTFから出る選手は見応えのあるレース展開、パフォーマンスをしてくれると信じています。
ここまで無観客で行われてきた記録会と同様、関東インカレも無観客試合で行われるからこそ、私は出場する選手に最大限エールを送りたいと思います。
ちなみにこのブログを書きながら、5月5日の記録会(@江戸川)以降はじめて下津と話してきました。
私は先日の記録会を終えて関東インカレへの出場が絶たれた直後、最大限中距離をサポートすると下津に言いながら、やれ卒業研究、コロナに伴う活動停止など言い訳にし
結局何も出来ずにここまで来てしまいました。
申し訳なさとせめてものエールで電話しましたが、彼は気丈に、でも準備を抜かりなく行ってきたのであろう雰囲気が電話を通じてわたしの方にまで伝わってきました。
素直に電話の向こうで涙ぐみました。本当にわたしは最後まで同期を支えられないどうしようもないやつだった。
彼はやってくるとわたしに一言、力強く言ってくれました。感情、電話の場でおもむろに出すべきだったなあ。
話逸れてしまいましたが、今日から出る皆さん、心から応援しています。
出れることは一種の財産だと思います。なにか感じるものがあったら、帰ってきたらどうか教えてください。みなのパフォーマンスを心待ちにしています。
多分最も今代で1番近くて、遠かった人
うえだ
理想論は永遠の理想へ。
今回のブログは久々ということもあり、何を書くか悩みました。
既に4年になり、STFの最上級生としての立ち振る舞いや自身の行動に責任感は伴っているのか悩むばかりではありますが、ひとつ、ここはここまでの3年間の経験なども織り交ぜてブログを書いていきたいと思います。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
私が大学3年を終えるまで、STFで過ごしてきた中で800mで自己ベストを出すことができたのはわずか2回だった。ひとつは大学2年の5月はじめ、結果としては切れなかったが、関東新人の標準切りを狙うために出場した日体大記録会でのレース。もうひとつは大学3年の3月末、年度末に開催された平成国際大学記録会。
どちらも自己ベストを更新しているはずだがゴール後の表情は全く違う。
前者について。
自己ベストを更新したはずなのに、実感や湧き上がるものに欠けていた。
大学2年の頃は目標こそ大きく掲げて威勢だけは良かったものの、出るレース全ての成績がそれに見合わないもので、自覚してからは常に自分の出すパフォーマンスを恥ずかしく思いながら過ごしていた。
その中でもなんとかこの時にベストが出たのは、同じく関東新人の参加標準記録を切ろうとしていた同期の下津や、関東インカレ参加標準を破ろうとしていたOBの高木先輩、青木先輩たちが作る中距離ブロックの雰囲気に押してもらった事が大きかったと思う。
いわば、作ってもらった環境に乗せてもらった形で触発され出た記録で、そこに自分の明確なビジョンや、計画はなく
ただ関東新人を切るんだー関東新人から先を考えないただ闇雲かつ計画性のないスタンスでは先がない事を後々思い知らされた。
関東新人の標準を切るチャンスは日体大の後にも複数回あったものの、自意識が改善されることもなく、結果わたしの出場は叶わなかった。
チャンスのうちの一つ、5月5日の国士舘大学記録会でわたしと下津は800mの同じ組を走ることになる。
共に標準を切っていない者同士、緊張からレース前の口数も少ないまま臨んだレースの結果は綺麗に明暗が分かれ、下津は関東新人標準を突破し、わたしは切る事ができなかった。
泣くわたしを見て、彼はその後、ダウンの時に共に涙を流してくれた。ただ、その時にわたしが泣いていたのは悔しさから来るものよりも、「こうなりたい」と言う意志が他の人よりも無いことに対する引け目、情けなさを感じたからだった。
彼には申し訳なさしかない。
そこから大学3年になり、コロナ禍による課外活動停止期間を迎えると自分自身の中でこうなりたいというビジョンは更にぼやけてしまった。その中でも先を見据えて動いていたのはいつだって下津だったと思う。
彼の作るチームなら、もう一回やり直せるかなと思って取り敢えず参加した昨年の中距離ミーティングにて、下津ははっきりと「来年の5月の関東インカレでは中距離ブロックから3人、出場者を輩出する」と言い切った。
内心、いけるのかなと半信半疑に思いながらもそこからの冬期練習に少しずつ工夫しながら練習を始めていた自分がいた。
これはまさに彼が環境を作って、用意してくれてわたしたちに背中で示すことで意識を変えてくれたとしか思えない。
走り続けて間もなく、自己記録を伸ばしたいという感情が少しずつ内側から湧いてきたのを鮮明に覚えている。
ふたつ目の自己ベストは無論…充実感を持って位置についたスタートラインだった。
まだまだ甘いところもあるが、今のわたしなら競技者としてどうしたいのかはっきりとイメージできる。そうやって走ったレースだったと思う。
このように二つのベストを比較してみると、必ずと言っていいほど競技者として次のステージに上がる為には上に向けて伸ばせる環境と部員間の刺激が必要なのだとわたしには思えて仕方ない。
環境がないなら、誰かが作るでもいいし、部員間で話し合ってより良い競技環境を作っていくのもいい。
この二つは、自分の志さえあれば、そしてそれを他人に隠すことなく伝ることが出来るのなら、それが更なる刺激を呼んで爆発的に部全体に伝播していくものだとわたしは信じている。
4年生は最上級生としての自覚を、3年生は上級生として、2年生ははじめての後輩を得ることへの責任感をもちながら、部全体で伸ばしていければとても嬉しい。
余談ですが…
ある時に彼が言っていた言葉に
「陸上競技とは、ある意味魅せるスポーツで僕らはトラックの表現者でもある」
というものがあった。
これはたしかに上手い言葉だと思う。
同じ組織に所属すれば大体、その人がどのような道を辿って試合に出ているのかがなんとなく掴めてくる。
その中で自己記録を伸ばしている人には必ず、彼らが試行錯誤の末に得たであろう何かが内側から輝くように見える。なにかとても魅力的な人に見えるのだ。
包み隠さずに言えば、いまのSTFにはこの魅力みたいな要素を持つ人が本当に不足している。だからこそ、今年のシーズンを迎えるにあたり、まずはわたし自身が示したい。
2週間後の関東インカレ標準、必ず突破します。
STFに幸あれ、うえだ。
予選会まで残り6日となりました。中距離ブロック3年の下津諒晏
まずは、STFに関わる全ての関係者、特に中距離ブロックのOB
2年生の5月5日国士館記録会、
こんにちは。中距離ブロック新3年の下津です。
さて、このブログも新入生に向けて情報発信するものなので、
そして次に、
自分はやっぱり塩大福とかカステラの様な王道な和菓子が好きです。塩大福のお店と言ったらまあ、あそこですよね〜 行った事はないけども。
まだ出てないジャーナルで色々書いたので書く事無いのですが、4年間の陸上を通して思った事は結果を出す事の難しさと現状に満足してしまう自分が常に何処かにいるという事です。
結果が出ない時期は度々あったし、そういう時に自分はこの程度かなと思って自分の限界を作っては、後々まだ上を目指せると気付かされる繰り返しでした。あと何事も現状に満足というか現状維持っていうのは中々難しくて、前進するか後退するかの2択に結局なってしまうのかなと思います。これから社会人になって大学生の時とは違う色々な制約が出てくるかもしれませんが、前進出来る選択、時には後退する選択をして何かしらの目標に向かって行けたら自分の中で大学時代の経験が活かされたと感じる気がします。
実は、上智には陸上競技が出来る団体はSTFしかないです! 新入生の方々で陸上競技したければ入りましょう
楽しいですよ〜
お疲れ様です。今はまだ一応中距離ブロック所属のはずだけど忘れられることがほとんどになってしまいどのブロックを名乗ればいいのか分からなくなってきてしまっている2年菊池です。
先日の総会では、次期会計として恐らく新歓以来のみんなの前に出て話すということをしましたが、とても恥ずかしく申し訳ない結末を迎えてしまいました。反省しています。頼りなく思われてしまいましたが、実際そうかもしれませんが、黙々と地味な作業をするのは結構好きです。裏方としてしっかり部の運営に携われるよう頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
いつからかわかりませんが、感情のコントロールがとても下手です。この前の総会では、話す直前、ガーミンの心拍みたら、100近くになっていて、立ってるだけで心臓が飛び出そうなぐらい緊張してました。でもいざ前出て同期の顔を見たら何故か笑えてしまい、あんな発表になってしまいました。大事な記録会や試合の前も、何もしていないと無駄に緊張してしまい、変にストレスが溜まってしまうので、何かしら予定入れて次の日のことをあまり考えないような環境に身を置きたくなります。対人関係でも結構そういう部分があって、勝手な思い込みなどから一方的に距離を一時的に開けてしまうことも多々あります。(それでも仲良くしてくれてる方々、本当にありがとうございます。)
しかし、陸上にしろ、試験にしろ、ある程度の緊張は大切なものだとも思っています。注意散漫になりすぎてしまうのも嫌だし、ガチガチになってしまうのも嫌ですが、多すぎず少なすぎない緊張を保つには、自分のことをちゃんと理解して認めることが大事なんじゃないかなと思います。緊張するということは、そこに至るまで少なからずその日のための思い入れがあるからで、だからその日までのことをちゃんと自信にしていくことが大切なんだろうなと思ってます。もうきてしまった日なのでどうしようもできないし、今までを信じることぐらいしかできません。
春先しっかり胸を張って自信にできるような練習を冬季練習ではやっていけるようにしたいです。会計も頑張ります。
小学校の頃の話。
ある日の音楽の授業で、聴いた音楽の題名を想像して答えるということをした。
当てられたクラスメート達はすんなりと答えていく。
苦痛で苦痛で仕方なかった。
なんで題名を思い付くのか。
”ぼく”は全く思い付かなかった。
思い付かなかったし、正解があるのにそこから外れた答えを出すことが怖かった。
むしろ答えて、先生が正解不正解を言ってくれる方がよっぽど良かった。
なぜわざわざ間違った答えを出さなきゃいけないのか。
答えを出せない自分は何が周りと違うのか。
結局当てられた数人の答えを参考に”答え”を紙に書いて提出した。
そこから10年余り。
今では”正解”のないものについて考え続けている。
”答え”を出せるようにはなってきた。
ただ今でも昔の恐怖に縛られたまま。
想像力って何なんだ。
感性ってどんなものなのか。
何かを想像できることが普通なのか。
何かを感じることが好ましいことなのか。
今の僕なら、音楽の授業で、白紙の答えを出すことはできる。
何も感じない、思わない、と。
あるいは、
何も思い付かないのは普通じゃないんだろうなと自覚しながら仮初めの答えを出すことなど容易い。
大人になったなと感じる。
あ、おれ感性あるじゃん。よかった。
答えってもっと、思ってるよりもずっと自由なんだなって感じた。
正解なんて無い。
そんなものに対してもなきゃいけない。
答えがないという答えだって十分すぎる。
でも答えを持たないと、正解があるのか無いのかさえもわからない。
正解とわからなくても、不正解かどうかわかれば十分前に進める。
もはや正解かどうかを確かめる時間もない。
それでも、これから先も答えを出し続けるだけ。
ただそれだけ。
川本先輩の雪辱を晴らす半年
そして外山先輩を超える1年にするために
正解が無い学科哲学科の申し子 青木孝輔
ある日の練習である選手がこう言った。「楽しくなかったら好きじゃない癖を直したい。」というのも、なぜ私たちは陸上が好きなのかを議論していた。特に中距離なんて辛い練習ばかりで報われる結果なんてほんの微々たるものである。しかし、それでも私は胸を張って言おう。そんな陸上競技が好きだ。
7月13日、三重県選手権に出場した。三重県でのレースは実に2年ぶりであり、それも県営である伊勢の競技場はしばらく工事していたので、なおさら久しかった。そんな競技場は工事を終えて立派になり、中学生の頃のあのボロボロな面影は一つもなかった。レースの内容等はここでは書かない。しかし、3本走り終えた後の景色はあの頃と何も変わっていなかった。喜んでくれる母校の先生と後輩たち。一度も勝てないライバルの背中。そしていつも応援に駆けつけてくれる家族の姿。そうだ、私の居場所はここだった。でも、もっと先に進みたい。もっと成長して帰ってきたい。
春シーズンは終わり、秋シーズンには東海選手権、関東新人、関カレ標準切り、予選会が待っている。そのためには辛い夏を越さなければならない。きっと辛い瞬間がたくさんあるだろう。それでも走り続けよう。その先の景色を求めて。
中距離ブロック2年下津