2021年04月02日

なんとなくでも世界は回ってる。

こんにちは、短距離3年の張です。

実はブログの投稿初めてなんですよね。江口のお婆ちゃんにも読まれるのかと思うと少し緊張してしまいます。


そんな初めての投稿に何をつらつら書こうかと毎晩シャワーを浴びながら考えていたところ、いっちょ自分語りでもしてみっかと思いました。というのも先日、川西コーチ主催の他己分析でもっぱら「常に忖度している」とか「本心がわからない/起伏がない」って指摘されたんですよね。

思い返してみると確かにあんまり自分の感情を表に出さなかったなぁと。

せっかくなので、この場を借りて普段言葉に出さないような弱音を語らせて下さい。



「人生は選択の連続である」なんて言いますが、全くその通りです。あの悲劇大好きヒゲメンヘラは正論ばっかり言いますね。

僕は選択をあまり迷わない性格だと自負していました。それもそのはず自分で選択せず、周りに決めさせていたからです。

ランチをどこで何を食べるにせよ、何をして遊ぶにせよ、必ず事前に何が良いかと相手に聞き、合わせるようにしていました。その方がお互い楽じゃないですか。


高校留学して帰国子女なんて大層な肩書きなんかを名乗れるようになったのも家族に勧められたからです。

自ら自身の為に決めた訳じゃありません。たまたま家族がある程度裕福で、たまたま両親が教育熱心で、たまたま先に兄が留学したので、なんとなしに次は俺の番かなんて思っていました。


辛い留学を乗り越え、無事に大学受験が終了した直後、よっしゃ遊び惚けるぞなんて思っていた僕は急に中国に飛ばされます。入学までの半年間、プチ留学しろと父上からの命令が下ったのです。

死ぬほど嫌でしたが、結局その選択を採りました。

それはまぁ酷い留学でした。

語学としてはなまじに中国語が出来るくせに初級のクラスへ行き、中国語を初めて勉強するインドネシア人や韓国人相手に涼しい顔をしてイキリ散らかすだけ散らかして自分の語学力はupしてない。

食生活では毎日の中華に嫌気がさし生野菜を求め、最終的にビッグマックに辿り着く。

せっかく仲良くなったキプロス人のルームメイトが喘息持ちで、中国の空気が物理的に合わず、僕が昼寝している間に蒸発してたりと、碌なもんじゃありませんでした。


でもこんなものじゃありません。

初めて会う親戚に笑顔振りまいているだけでとっても優しくしてもらいましたし、自分と同じようなバックグラウンドを持つ、年の近い華僑(日本で生まれ育った中国人)とも沢山出会えました。

途中でルームメイトが居なくなったもんだから2人部屋を独り占めです。


あれ、意外と悪くないな。終わってからだと不思議とそう思えるものです。



自分の人生、自分で決めるというのが美徳とされる世の中ではありますが、周囲に選択肢を促すというのは決して悪くありません。

むしろ客観的で、柔軟とも言えるでしょう。

しかし言ってしまえば無個性、空っぽなアイデンティティと揶揄されることもあります。


どっちが正解なんてないと思います。

頭のいい人は常に意味を見出したり、迫られた選択肢に対してどれが正解かを必死に考え始めますが、僕には無理です。

余談ですが、全ての物事に意味があるなんて考えはナンセンスだと思っています。頭いいって良いことばっかりじゃないんですね。


頭のいいフリするのは偶にでいいんです。疲れちゃいますからね。

考えるのをやめて、ぽけーっとしてたら案外新しい気づきがあったりするもんです。

選択はあくまでスタートラインを何処にするかだけで、そんなに重要ではないのかもしれない。大事なのは選択した後どう動くのかと運なんだなと最近は思うわけです。

なんとなくで決めた選択肢と考え抜いて導き出した選択肢がまったく同じだったなんてよくあることじゃないですか。なんとなくでも世界は回ってるものです。



周囲に決めて貰ってばかりの人生、後悔がない訳ではありません。でも後悔の無い人生なんてこの世に存在しません。漫画界でさえ例外はラオウくらいです。

後悔なんて幾らでも、誰でも持っています。

でも後悔の数と人生の幸福度は無関係です。

実際僕は後悔を抱えながら幸せな人生を歩んでいます。皆さんはどうですか?



次は5月の留学が決まっているぴえんなかほちゃんです。そろそろややこしいので改名してくれませんか?

posted by stf at 14:51| Comment(0) | 短距離 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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